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アツすぎる2026夏にサンキュー!Part1

夏の沖縄は・・・ 大道芸を始めた頃以来か。1992年の夏、沖縄で始まった僕の大道芸人生。それで縁も生まれたのか、イベントやフェスティバル、プライベートでも何度も訪れるようになった沖縄。でも夏の沖縄は1992年と97年と2006年の3回だけ。今回、夏に来て、あのギラギラした光を浴びて夏の沖縄は別物だと実感。その強烈な光線に応えるように輝く空と海の青。春よりも秋よりも冬よりも、夏がまさにザッツ沖縄。僕の人生をも狂わせた魔性の光。今回は所用も兼ねた旅行・・・ とその前に、7月前半から振り返ってみましょう。

新しい劇場は・・

今までずっと黒い幕や壁に囲まれていたサンキュー手塚ソロライブ。今年は白い劇場。照明がとてもきれいに映えます。

変な中継から始まったテレビマンの変な1日。変な見本市に取材に行って、その帰りに変なモノを拾ったことにより、生死をもかけた〝変〟に巻き込まれていくという変なストーリー。

ちょうど真っ最中だったサッカーW杯のネタなど時事ネタもたっぷり盛り込みました。
ナレ「残念ながら日本代表が負けてしまっても大丈夫!」
ドラえもん「もしもボックス~ もしも久保と三苫と南野が出ていたら~」

全体的に笑いも多く、わかりやすかったようで喜んでいただけました。先日、演出のハッピィ先生と反省会の動画を撮ったので近日アップいたします。

会場がさらに明るく!

もうすっかりおなじみ、サンキュー手塚ファンクラブの進藤さんのお花。殺風景な会場入り口がパッと明るくなります。そして皆さんからも!

静岡のお客様から。今年はバラとカーネーションの情熱アレンジで(^o^)

お世話になっているフェスティバルのプロデューサーから夏にピッタリなお花(^o^)

愛知のアーティストさんからブルー系のオシャレな配色のアレンジ(^o^)

三つ並べると見事にカラフルで(^o^) お花を見るたびにテンションあがりました。皆さん、本当にありがとうございます!

たくさんのお土産も!

各地の高価なお酒やスイーツ(^o^) 皆さん、来ていただけるだけでも嬉しいのに細やかなお心遣いをありがとうございます!


お越しいただいた皆さん、ありがとうございました! 遠方よりお越しの皆さん、何度も見ていただいた皆さんには重ねて御礼申し上げます。また来年もよろしくお願いいたします(^o^)

聖地巡礼

沖縄那覇の国際通り。県庁方面から来て一番奥のこの場所に、昔、百貨店の三越があったんです。夜、お店が閉まりシャッターが降りてからが僕のステージ。いえいえ、イベントではなくゲリラの大道芸です(^0^;)

大道芸が終わると、このパレットくもじで野宿。野宿の人なんか今いるのかな? 34年前は階段を上がった踊り場にわんさかいましたよ。大きなリュックを枕に寝てる若者や、自転車でねぐらを確保している本州から来たというツーリングの人たち。若かったから許されたのか・・・。 浮かれた時代にも免じてご容赦ください(^0^;) 蚊に悩まされながら寝たような寝てないような毎夜。朝になるとバスに乗ってビーチへ。そこのシャワーがお風呂がわり。昼はのんびりビーチで過ごし、夜になるとステージへ。

そんな生活をひと月送ってたのが夏の沖縄。景気のいい時代で、始めたての下手くそなパフォーマンスにもたくさんの投げ銭を入れていただきました。バカンスに来たという高揚感からお財布のひもが緩んだのもあるのか。その投げ銭でホテルにでも余裕で泊まれるのに、その晩出会った現地の人やお客さんたちと飲んで使ってしまう毎日。

このパレットくもじのモスも三越の近くにあったマックも、リニューアルされてはいるものの当時から変わらずありました。よくここでネタを考えたり、ショーまでの時間を潰したり。感慨深いものです。そんな聖地巡礼の最中に飛び込んで来た悲しいお知らせ。

大道芸の父が・・・

大道芸プロデューサーの橋本隆雄さんが旅立ちました。この写真の帽子、僕が今年の橋本さんの誕生日3月22日に送ったものです。2007年の3月22日に橋本さんの誕生会をやったことがあり、その会にプレゼントで僕が持参したのが帽子。その時はゴルプのキャップです。橋本さんは帽子が好きで、とても喜んでくれて、それ以来、毎年3月22日には必ず帽子を送ることにしていました。春のフェスティバルにはその年送った帽子を被ってくれて、豪快ですが細やかな面もありました。これがちょうど20個目の帽子。これが最後の帽子なんですね。

橋本さんに出会ったのはまだマイムトウという大学のパントマイムサークルにいた時だから、40年近く前。ちょうど沖縄から帰って上野公園で本格的に大道芸を始めた頃。ジュリーや百恵ちゃんとか、いわゆるパフォーマンス的なBGMではなく歌謡曲を使った僕のパフォーマンスを見て、「お前はでたらめで面白いな」と。すみません、ちゃんとやりますから、と返すと「でたらめだからいいんだよ。ちゃんとしたらつまらないんだよ」と。その意味は橋本さんと付き合いだしてからわかりました。

そんな僕を1995年の『ひたち国際大道芸』に大抜擢してくれました。当時日本の大道芸を引っ張っていた在日の外国人パフォーマーと外国からのゲスト、日本人パフォーマーはすでに世界で活躍していた雪竹太郎さんと、ド新人の僕。一流の芸人さんの真似をして、ちゃんとショーの形を作ろうとした僕に、「お前はちゃんとやろうとするな!」と叱られたのを覚えています。

以来、各地のフェスティバルに呼んでいただいたり、韓国やフランスに連れていってもらったり、大道芸の学校をやろうと講師として橋本さんの右腕に抜擢してもらったり、おそらく大道芸人の中では最もお世話になった一人です。こう思い返すと橋本さんは僕の大道芸の父ですね。橋本さんがいなかったら僕の芸風はこんなにでたらめじゃなかったかもしれないし、いえいえそれどころか大道芸自体やってなかったかもしれないし、日本の大道芸もこんなに盛んになってなかったかもしれません。

一つ心残りが。橋本さんにしっかりお礼を言えなかったことです。まあ言ったところで照れ屋さんなので「そんなこと言うんじゃない」と返ってくるんでしょうが。

橋本さん、本当にありがとうございました。あちらでも大好きなお酒を浴びるほど飲んで、タバコをパカパカ吸って、ジャズを聴いて、思い通りにやってください。僕はまだこっちで橋本さんの教え通り、でたらめにやっていきます。

沖縄はやはり・・・

大道芸を始めたのも沖縄、大道芸の父の訃報に触れたのも沖縄。沖縄はやはり僕にとっては特別な場所なんでしょうかね。

このターコイズブルーがとにかく僕をゾクゾク、ギラギラさせます。よく考えてみれば僕の衣装のTシャツの色、

この色ですね(^0^;) だからってこの色のTシャツを着ているわけではないけど(^0^;) またあの聖地に戻れますように。

まだまだ積もる話も・・・

2026夏前半、まだまだアツいことばかりで、イベント関連や

高校野球関連、

この高校野球関連が一番忙しいかも(^0^;)

などなど、アツすぎる夏の話題は尽きないので近日中に続編で。お待ちください~(^0^;)